[2025年3月配信]
今回は、兵庫県立福祉のまちづくり研究所が研究・開発しているスマートフォン向けアプリ、「なび坂」について開発者にインタビューをしましたので、その内容を紹介します。
兵庫県立福祉のまちづくり研究所(以下、同研究所という)は高齢者施設や障がい者支援施設などの利用者や関係者からのニーズを元に産学官の研究機関と連携を図りながら「福祉用具やリハビリテーション支援技術などの研究・開発」「安全・安心まちづくり支援」などの研究を行う機関です。
今回取り上げる「なび坂」は、車いすユーザーのこぐ力に応じて目的地までのルートにある坂の通行が可能かどうかを示すアプリです。
なび坂は同研究所の所長である陳 隆明(ちん たかあき)氏の経験と思いから生まれたアプリです。
陳氏は、兵庫県立総合リハビリテーションセンターで整形外科医として35年以上にわたり1万人を超える車いすユーザーを見てこられた方です。
「車いすユーザー」と一言で言っても人によってこぐ力が異なるため、「車いすユーザー」とひとくくりにすることには無理があると考えられていました。
そこで、ユーザーのこぐ力と坂道の勾配を比較して難易度を可視化、地図上であらわすバリアフリーマップが作れないかと考え、開発が始まりました。
「車いすユーザーは初めて訪れる場所をGoogleマップのストリートビューなどを使って、経路上の道が自分の車いすで通れるのか事前に調べるそうです。
しかし、Googleマップのストリートビューは写真なので、階段や段差は見えますが、坂道があるかどうか、また、坂の勾配などは分かりません。
そこで、坂道が可視化できるものをと思い、開発することにしました。」(担当者)
なび坂のアプリで出発地と目的地を設定すると、経路上にある坂道を「赤(通行不可)」「黄(通行できるけれど困難)」「青(通行可)」の3色で表し、通行の難易度が一目でわかるようになっています。
また、これらの経路はGoogleマップの技術を使用しており、最大3件の経路を示すことができるようになっています。
経路上に示された坂道を拡大すると、「上り」「下り」の表示に加え、勾配が示されます。
これにより、例えば、赤の通行不可と示されていても「勾配や難易度から上ることはできないが、テクニックがあるので、下ることができる」など、事前に判断することができます。
これらの基準は、アプリの初期設定で車いすをこぐ力を選択することで行えます。アプリでは頚髄の残存部位を「こぐ力」としての指標に用いています。
基本的に頚髄のC1からC5を損傷した場合は、自走による車いす移動が困難になるため、このアプリではC6からC8とアスリートレベルの4段階からこぐ力を選択するようになっています。
C6は、肘を伸ばしたり手を握ったりすることが困難、
C7は、肘は伸ばせるが手は握れない、
C8は、肘を伸ばすことができて手も握れる、
アスリートレベルは健常者と同等、あるいはそれ以上の力を発揮できるというように基準が設けられています。
これらのこぐ力とGoogleマップから得た坂の勾配を計算し、各レベルに合わせて「赤」「黄」「青」の3色で坂道を示すようになっています。
「地図情報はGoogleマップから得ているので、極端なことをいうと、世界中の坂の情報が見られるようになっています。」(担当者)
アプリには、安全に利用できるように様々な工夫がされています。
自分のこぐ力に合わせた難易度を微調整する際に、誤って設定値が変更されると、自分のこぐ力では到底通行できないところが、「通行可」と表示されてしまうなどの危険が想定されます。
そのようなことが起こりにくいように、「C6」などの設定レベル毎に上限が設けられています。
例えば、最初に「C6」ボタンで設定している場合は、C6の範囲を超えて微調整を行う際に「C7」のボタンを選択しなおしてからでないと操作を行うことができません。
また、地図の拡大・縮小操作は、手の動きが制限される人もいることから、指1本で操作できるように「拡大」「縮小」ボタンが用意されています。
「当初は、ピンチイン・ピンチアウトといった2本指を使って地図を操作することを想定していましたが、実証実験で当事者に操作してもらったところ、細かい操作が難しい場合があることがわかりました。
そこで、1本指で操作できるように改良を加えました。
また、各設定ボタンなども大きくし、誤操作を防ぐために各ボタンの間隔も工夫しました。ボタンの大きさと間隔の設定が難しかったですね。」(担当者)
実用化に向けて開発が続くなび坂。
実証実験などを通じ、組み込んでほしい機能の要望が複数寄せられているそうです。
「道幅、歩道の凹凸、横断歩道の勾配など様々な情報を組み込んでほしい、という要望が寄せられています。
まずは、目的地で楽しむために移動で疲れないためにも計画を立てるときの目安として使ってもらえればと思っています。
示されたどのルートにも上り下りが難しい坂があるとわかっているのならば、現地でタクシーを使う、介助者と一緒に行くなど、事前に準備ができると思います。」(担当者)
現在、ある民間企業と共に防災マップになび坂の機能を組み込むことも検討されているそうです。
「津波が来たときには高いところに逃げる必要があります。支援者や役所が要支援者の避難計画を立てる際の参考資料として防災アプリになび坂の機能を搭載することを検討しています。」(担当者)
また、電動車いす用のなび坂を開発した他、地図上に示された道を1本ずらして確認する機能や車いすを押す介助者のための坂の情報提供などを組み込むことを検討されているそうです。
ありそうでなかった坂に注目した地図アプリ。実用化に向けて今後どのように発展していくのか楽しみです。
今回もインタビューの様子を掲載しました。
ご興味のある方は下記URLをご参照ください。
http://www.itsapoot.jp/mailmaga/interview2503.html
【参考】
兵庫県立福祉のまちづくり研究所