株式会社Raise the Fag.インタビュー

―― 切り開く!挑戦できる世界へ ――

[2025年10月配信]

今回は視覚障がい者の生活をより便利にする空間認識デバイスSYNCREO(シンクレオ)の開発を行っている株式会社Raise the Flag.の代表取締役 中村 猛(なかむら・たけし)さんにインタビューをしましたので、その内容を紹介します。

 

「『止まれ!』という感じの振動があったら止まってください。」SYNCREOを装着した私に中村さんが声をかけてくれました。頭に付けたSYNCREOが耳元でブルブルブルと激しく振動したので、足を止めました。恐る恐る手を前に伸ばすと、そこにはドーンと部屋の壁が立っていました。これはすごい!

 

他にもSYNCREOから通知される振動をもとに目の前に掲げられたスマートフォンに迷うことなく触れられたり、触ることなく目の前に立っている人の体形や身長を確認したり、白杖で探ることなく開かれた出入り口の幅を確かめることができたり…。振動から得た情報で周囲の状況が直感的に理解できることに驚きと新鮮さを感じました。

 

仕組みは、おでこのあたりにあるカメラでとらえた映像をもとに障害物とユーザーとの距離を計算し、それを振動で返し、ユーザーに伝えるというものです。これにより、ユーザーは目の前にある物の距離、位置、大きさ、形などを理解することができます。

 

「SYNCREOを作る中で最もこだわったのは周囲の物の距離を測るために使用しているカメラです。ガラスに反射する光、暗いところから明るいところへの移動、雨の中や夜道など、どのような環境でも正確に周囲の物を認識し、距離を測れなければ意味がありません。

当初は、市販のカメラを使う予定でしたが、環境により物の認識の正確性に欠けるところがありました。

そこで、どのような環境でも正確に周囲の状況を検出できるカメラを作ることにしました。とはいえ、それには膨大な資金が必要です。誰もが『それは無理だ!』と言っていたのですが…。ようやく試作機を完成させることができました。評価結果は上々です。」(中村さん)

今年の冬には、雪が積もっている環境でも問題なく使用できるのか、実験する予定だそうです。

 

中村さんは、テレビである少女が「見えないことは不便だけれど不幸じゃない!」と話していたことをきっかけに視覚障がい者向けデバイスの開発を始められました。当初は、ITに関する知識は全くなく、現在の取締役(CTO)に出会い、ITを学びながら開発に取り組まれたそうです。

 

中村さんは当時を振り返り、こう話されました。「少女の言葉を聞いて、一晩中、視覚障がいに関することについて調べました。すると、数十年前から何も変わっていないことがわかりました。だったら変えればいい! 機器を作れば、簡単に世界が変わるじゃないか。」と、安易に考えていたそうです。

 

「ところが、努力して開発した機器を視覚障がい者に使っていただいたところ評価はとても厳しいものでした。自分が作っている機器は意味がないのではとも思いました。白杖のように正確に周囲の状況をわかる機器を作るには、どうすればいいのか。」

 

中村さん曰く、「ブルーオーシャン(競争相手のいない未開拓分野)と思って飛び込んだはずが、実はガチガチに凍った(競争相手すらいない)海で、ドンドン、ドンドン深みにはまって、もがき苦しんだ結果、ようやくSYNCREOができました。」

 

現在は、社員6名、協力者約30名と共に日々SYNCREOの開発に取り組まれています。「周囲に自分の目指していることを伝えたら、賛同してくれる人がたくさんいて、みんな真剣に一生懸命取り組んでくれています。本当に人に恵まれているなあと思っています。」中村さんの笑顔から社員や関係者の暖かさを感じます。

 

SYNCREOは振動のパターンにより対象物とユーザーとの距離を直感的に把握することができます。5m先にあるものを検知すると、カッ、カッと耳元の骨伝導イヤホンから振動が伝わり、対象物が近くなるにつれ、振動が早くなり、対象物から60cmのところに来ると激しく早く振動し、止まるように指示されます。これらの振動パターンを覚えることで周囲の状況を把握し、白杖を使わずにぶつかることなく歩くことができます。

 

今回私は、簡易版のデモ機で体験させていただきました。飯盒のような大きさと形をした機器をポシェットのように首からぶら下げます。これがSYNCREOのコンピューターです。そして、このコンピューターと線でつながっているわっか形の機器を頭にかぶります。このわっか形の機器には周囲の状況を検知するカメラや振動を伝える骨伝導イヤホンが付いています。

SYNCREOでは、音を振動に変換しているため、モーターによる振動のように振動に触れている肌部分が黒ずむことがないそうです。

 

私は光覚があるので、それに頼って移動するため、今回はアイマスクを付け、完全に光を遮断した環境で体験することにしました。「おでこからバーチャルな白杖が伸びていると思って、首を左右に動かしながら周囲の状況を把握してください。」中村さんに使い方を教わり、部屋の出口を探し、廊下に出ます。廊下に出たところで周囲の状況をAIに尋ねてみました。廊下の左右に部屋があること、非常口が見えていること、天井に四角い蛍光灯があることなどを教えてくれました。

 

SYNCREOでは、周囲の状況説明や活字の読み上げを行う場合、まずは要約してユーザーに伝えるように設計されています。これにより、与えられた情報が自分にとって必要なものなのかユーザーが判断することができます。 ユーザーが詳細に情報を知りたい場合には、「景色をより詳しく説明して」「この印刷物の内容を全部読み上げて」などと適宜指示することができます。

レストランのメニューなどは、1秒ごとにメニューをペラペラめくると、その内容を記憶して、「1,000円以下のドリンクを教えて」「肉料理を読んで」など、のちにピンポイントで情報を聞き出すことができます。また、お手洗いでは、個室内をぐるりと映すと、その景色を記憶するため、流すボタンの場所なども正確に教えてくれるそうです。

 

SYNCREOと共に歩いていると、部屋の扉が開いていること、部屋の中のものの配置、人の間の通り抜けなど、振動を頼りにスムーズに移動することができました。途中、私がボーッとしていて、壁にぶつかるというアクシデントもありましたが…。これはご愛敬です。決してSYNCREOが悪いわけではありません!

一人で歩いていると、壁やテーブルなどにぶつかることも多々ありますが、ものにぶつかることなくスムーズに歩けることに新鮮さを感じます。部屋の中に入り、SYNCREOからの振動を頼りに机の角を探し、自分の席に着くことができたときには飛び上がるほどうれしかったです。机のヘリや部屋の壁に触れることなく首を上下左右に軽く動かして状況を判断する。本当におでこから白杖が伸びているような不思議な感覚でした。

 

本来の機器は、10m先にある物を検知できたり、カメラを目と目の間に合わせたり、肩にかけている飯盒型のコンピューターがもっと薄型になったり頭に付けているわっか形の機器がさらにスリムになったり、より細かな情報を伝えてくれたりなどなど、デモ機とではいろいろと違いがあるそうですが、今回体験させていただいたデモ機でも十分わかりやすく周囲の状況もタイムリーに確認することができました。

 

せっかくなので、晴眼者のITステーションの職員にもアイマスクをしてSYNCREOを体験してもらいました。

「視界を遮断した環境で使用すると、振動から壁と自分との距離がわかったり、扉が開いていることが分かったりするので、安心感がありました。ただ、慣れていないので歩くことに怖さを感じました。人の背格好を認識することは少し難しかったですが…。振動が直感的に理解できるので、練習したらある程度使えるようになると思います。歩行する一つの手段として可能性を秘めているのではないでしょうか。」(ITステーション職員)

普段視覚に頼って歩行している人も多少の不安はありながらもぶつからずに歩くことができるところにSYNCREOの魅力を感じます。

 

「視力を取り戻すことはできませんが視力がない中でもSYNCREOを使って自分のやりたいことに挑戦できる、そんな環境に身を置いてもらえるようにしたいのです。そして、各自それぞれの環境で努力してもらえればと思っています。子どもには見えている子どもと同じかそれ以上の教育が受けられるようにしたいと思っています。」(中村さん)

 

中村さんは、SYNCREOを使えば、視覚障がい者の職域も広がると考えられています。「料理人やレストランのホール、プロボーラーなんかできそうですね。」(中村さん)最近では、ほぼ全盲の方がSYNCREOを付けてイベントのカフェで店内を移動し、お客さんにドリンクを届ける試みを行ったそうです。

 

「今回のカフェでのイベントがメディアに取り上げられたことで、SYNCREOを知っていただける一つのきっかけとなりました。今後、SYNCREOを普及させるにあたり、本当に必要な人に情報を届けることが課題だと思っています。自ら情報収集されない人もいらっしゃるので、メディアに取り上げられる形で情報を提供することは有効な手段の一つだと思っています。

また、10月初旬に大阪・関西万博や国際福祉機器展にも出展し、多くの人にSYNCREOを体験いただきました。大阪関西万博では、SYNCREOのことを全く知らない視覚障がい者や晴眼者など多くの方に体験していただき、たくさんのコメントをいただきました。ある視覚障がい者の方は、大阪・関西万博でSYNCREOを体験され、興味を持たれ、翌日に東京で開催されていた国際福祉機器展にも足を運んでくださいました。このように幅広く知っていただくには時間とお金がかかることだと思っています。」(中村さん)

 

中村さんによるとSYNCREOに慣れるには大体2週間ほどかかるそうです。

SYNCREOが販売された際には、

①代理店で初期設定を行い、適宜フォローアップを行う、

②YouTube上での聞ける使い方ガイドの公開、

③視覚障がい者当事者による電話などでの使い方サポート、

④SYNCREOに内蔵されているAIによる使い方サポート、

の4本立てで、手厚くサポートされる予定だそうです。「初めに振動の感覚と手の感覚を一致させる訓練をする必要があります。特にご年配の方は振動している方向と全く違う方向に手を伸ばしてしまい、目的の物に触れられないことがよくあります。そのような訓練ができるように検討しています。」(中村さん)

 

中村さんはSYNCREOを視覚障がい者のデバイスのプラットフォームにすることを視野に開発を進められています。「過去にSYNCREOに似た機器を作ろうとした人はごまんといます。しかし、資金繰りの悪化や部品調達の難しさ、技術不足など、様々な理由により完成に至ったものはありません。

SYNCREOをプラットフォーム化すれば、もう誰も膨大な資金を投じて機器開発をする必要はありません。スマートフォンのように誰かが作ったアプリを必要な人がダウンロードして、自分のSYNCREOにインストールすれば、その人に合わせたデバイスになります。もちろん、SYNCREOに新たなセンサーやカメラを取り付けられるように設計されています。

そうすることにより、機器の作り手の手の届かない障がい者にも使っていただけるようになると思います。『SYNCREO』の名の通り、『共に創造する』デバイスへと。より多くの人に使ってもらい、様々なことに挑戦できる機会を与えてくれるデバイスになればと思っています。そして、SYNCREOが普及した際には、ユーザーから『昔は目が見えない・見えにくかったから、不便で本当に困ったよね』という言葉が聞けたら最高です!」(中村さん)

 

インタビューを通じ、中村さんのSYNCREOに対する熱い思い、私たち視覚障がい者の「不便をなくす」ことへの情熱をひしひしと感じることができました。SYNCREOを体験し、当事者の思いをくみ取り、確実にそれらを取り入れながら丁寧に機器を開発されていることを感じ取ることができました。

「障がいがある人ではなく、何かをすることに不便がある人」という中村さんの言葉が印象に残っています。私たちを「障がいのある支援の対象者」ではなく、「一人の人」として見てくださっているからこそ、「見えないことから生じる不便を解消する」機器が生まれたのだと思いました。直感的に使えるSYNCREO。これと共に一人焼肉をしたり、ウィンドーショッピングに出かけたり、今までできなかったことに挑戦できる日が来ることを楽しみにしています。

 

今回も機器を体験している様子をホームページに掲載しています。

ご興味のある方はぜひご覧ください。

http://www.itsapoot.jp/mailmaga/SYNCREOtrial.html

 

【参考サイト】

Raise the Flag.

https://rtf.co.jp/

SYNCREO

https://rtf.co.jp/syncreo/

本文は以上です。


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