[2026年08月配信]
インタビュー動画を掲載しました。 ご興味のある方は下記URLをご参照ください。
http://www.itsapoot.jp/mailmaga/Accessyell/interview202608.html
今回は、アクセスエール株式会社の社長の松尾光晴(まつお・みつはる)氏に8月末に発売された「ファイン・チャットNEO」の開発秘話や開発への思いについてインタビューをしましたので、その内容をご紹介します。
「ちょっとまだ新しいファイン・チャットNEOが発売できていないんですよ~。」
6月に取材で訪れたとき、松尾さんが開口一番に言いました。
今回発売されたファイン・チャットNEOは重度障がい者向けのコミュニケーション専用機器「ファイン・チャット」のiPad版アプリです。
本来のファイン・チャットの使い勝手や安定性はそのままに、主に下記の3つのIT機能が搭載されているのが特徴です。
① AIによる予測変換を用いることで入力スピードと効率性を向上
② 自分の個性を現した声で発話が可能
③ ワンタッチでメールやラインに文章が送れるように設計
「まさに、良いことずくめの商品」と松尾さんは話します。
松尾さんによると、最も苦労したのがAIを活用した予測変換機能の調整です。
例えば、「はじ」と入力すると、変換候補リストの中に「初めまして。○○です。」と自分の名前が表示されたり、「よろし」と入力すると、変換候補リストに「宜しくお願いします」などと、ユーザーがよく使う表現が表示される仕組みです。
「これが意外と曲者(くせもの)で。コミュニケーションは予測不可能ですよね。周りに誰がいるのかによって話の内容も変わりますし、会話の中で突然関連性のない話が出てくることもあります。それらのことは、AIには予測できません。
そのため、予測変換をAIに任せると、関係のない言葉が次々と表示されてしまって、何を言いたかったのか、忘れてしまいます。無難に次に続く言葉を表示し、いらない言葉を出さないようにするという、絶妙なバランスの予測変換ができれば、入力がかなり楽になります。」(松尾さん)
松尾さんの考えでは、最新のネットワーク型AIを使えば、状況に応じた予測変換がより精度よくできるようになる可能性があるそうです。しかし、そのようなネットワーク型AIでは、一文字入力するたびにネットを経由して候補を探しに行くので時間がかかります。
そこで、あえてネットワークにつながない、オフライン型のAIを利用したそうです。 「常にネットワークにつながっていると、一言入力するたびにネットを経由して候補を探しに行きます。そうするとかなりタイムラグが生じます。
例えば、『こんばんは』と入力したいのに、『こ』と入力すると、マウスカーソルの形が変わりグルグルグルと回って、『こ』から始まる言葉を表示します。一覧に言いたい言葉がなければ、『こ』につづいて『ん』を入力します。すると『こん』から始まる言葉を探すために、また、グルグルグルと回って、『こん』から始まる言葉の候補リストを表示して…。 と、一つの言葉を入力するのに逆に時間がかかってしまい、大変ストレスを感じます。」(松尾さん)
AIの利用については、好みによってレベルを調整することができるそうです。
予測的に先読みされて会話を進められたくないひとは、AIをOFFにしたり、まだ漢字を習っていない子どもの場合には、漢字変換を使用しない設定にできたりと、利用者の状況に応じてカスタマイズできるように設計されているそうです。
ファイン・チャットNEOで入力した文字は、専用サイト「コエフォント」から選択した自分好みの声で発話することができます。声優専門学校の生徒さんなどボランティアの協力も経て、男性、女性、大人、子ども、太い、細い、高い、低いなど最大で約60種類の肉声を用意するとのことです(現在はまだ10種類くらい)。
また、進行性の難病の方などが、気管切開前でまだ自分の声が出せるという人は、あらかじめコエフォントのサイトで指定された単語や文章を読みあげることで、自分の声を生成しておくことができます。
これにより、声を失った後も引き続きファイン・チャットNEOから自分の声を使って会話することができます。
「本当は、プロの声優さんとかに登録してほしかったんです。(アニメ「ドラゴンボール」の)孫悟空の声で『行くぞー!』と言えたら。子どもは喜びますよね。」(松尾さん)
コエフォントの利用にはネットワークを経由する必要があるそうですが、ネットワークが使えない環境においては、iOSのSiriの声で読み上げられるように設計するなど、災害時など、いざというときも発話できるように考えられています。
このように対面での日常会話をスムーズに進められるよう、様々な工夫が凝らされたファイン・チャットNEOですが、時代の流れに合わせ、オンライン経由の会話(テキスト・コミュニケーション)も楽しめるように作られています。
あらかじめ登録されている人であれば、ファイン・チャットNEOからLINE、電子メール、メッセンジャー、電話番号のショートメッセージを使ってテキストメッセージを最低限の手順(送信先を選ぶだけ)で送ることができるのです。これは画期的な機能です。
一方、ファイン・チャットNEO以外のアプリ操作は、iOSに搭載されているアクセシビリティ機能であるスイッチコントロール機能を使うため、入力スイッチやiOSの操作に慣れている必要があります。
「例えばLINEを送る場合は人を選ぶだけで良いですが、受け取ったLINEのメッセージを見るには、どうしてもLINEアプリを開く必要があります(これはLINEのセキュリティが厳しく、他のアプリにはメールの内容を取得できないようにしているからで適切なことです)。
そこでファイン・チャットNEOでは、iOSのショートカット機能を利用したボタンを用意、画面を2分割にしてファイン・チャットNEOとLINEを並べて表示して受信したメッセージも閲覧できるようにしています。
使い始めはメッセージを送ることで精いっぱいかもしれません。
しかし、慣れてきたら、自分に送られてきたメッセージや写真を見たいですよね。そんな時は、iPadの画面を左右に2分割し、ファイン・チャットNEOとLINEなどの画面を並べ、送られてきたメッセージを見ながらLINEなどでの会話を楽しむこともできます。」(松尾さん)
松尾さんは、当初パソコンを用いて意思伝達装置を作ることを検討されていたそうです。
しかし、スマートフォンやタブレットが主流の世の中において、これから先、パソコンを扱える人(支援者)が減っていくことを見据え、比較的動作が安定しているiPadで使えるアプリの開発に乗り出したそうです。
「30代半ばより年下の方はどうやら学生時代の勉強においてもタブレットを使っていたそうです。あるセラピストに『私たちは自分たちのパソコンも設定できないのよ。特殊な使い方をしているパソコンのサポートをするなんて、無理、無理!』と言われました。
つまり、これから先、パソコンの得意な支援者が間違いなく減ってきます。
パソコンで使う意思伝達装置では、規模の小さな当社ではサポートしきれません。」(松尾さん)
松尾さんはさらに話します。
「Android端末は値段が安いというメリットがありますが、自由度がありすぎて、各社の各バージョンの端末ごとに違いがありすぎるんです。
『アクセシビリティ』というメニュー一つを例に挙げても、『アクセシビリティ』と表示されているものもあれば、『ユーザー支援』『ユーザー補助』『ユーザーサポート』と実に様々な呼び方で用意されています。中には、アクセシビリティのメニューそのものがないもの、アクセシビリティのメニューが入れられるもの、入れられないものまであります。
Android端末の特徴は、ユーザーが管理するものであって、他人が管理するものでないということです。 一般的なアプリは、自己責任で、自分で管理するので問題ありません。 だけど、障がいのある方が利用する支援アプリは、ご家族や支援者がサポートすることも多いので、自由度の高い端末での利用は現実的ではありません。
だから、統一感があり、アプリ同士が影響し合わない、動作も安定しているiOS端末のiPadで開発することにしました。
iPadであれば、利用者のやりたいことやスキルに合わせて、最低限のコミュニケーション機器としての利用から、さらに広げて、一般の人と同じように他のアプリを使うことだってできます。
それに、みんなと同じ機器が使えるのも利用者にとってうれしいポイントです。」(松尾さん)
ファイン・チャットNEOアプリを利用するには、月額3,000円、6か月17,000円、1年33,000円のいずれかのサブスクリプション(定期契約)が必要になります。
サブスクリプション制にすることにより、いつでも簡単に導入できるため、進行性の病気の場合、病状の初期段階から病状に応じて、絶え間なく使えるメリットがあると松尾さんは話します。
「行政への申請にかかる機器導入までの空白、故障による空白、病状の進行などによる機器が使えなくなった時の空白、スイッチが使えなくなったときなどの空白などなど。これらは時間のロスで、ストレスでしかありません。
病状が進行するたびに、機器の変更調整、レンタル、訓練、行政への申請、機器の設置…と繰り返していたら、誰だっていやになりますよ。このような空白やストレスをできるだけなくしたいんです。」(松尾さん)
病状の初期は、指でタッチしながら操作→パソコンのマウスをスイッチ代わりに使用しての操作→専用のスイッチを用いての操作→視線での操作と病状の進行によりアプリを操作するための手段は変わりますが、アプリそのものは変わらないため、初期段階から病状に応じて慣れ親しんだアプリで、安心して、継続的にコミュニケーションが取れる点が利用者・支援者の双方にとって魅力的と言えるでしょう。
「手の届きやすい価格設定にしているので、個人負担で試しに導入することもできますし、公費による支給が下りるまで自費負担で使うこともできます。
ただ、スイッチの適合は、病気の進行度合いによって変わってくるので、その都度調整する必要があります。そこは、私が作成した『マイスイッチ(https://myswitch.jp/ )』というHPで紹介している身体の状況に合わせた様々な「入力スイッチ」を活用してください。
電子機器を上手に使うためのノウハウや事例を紹介しているホームページですので、これを見てもらって、連絡をいただければできるだけ対応します。」(松尾さん)
松尾さんが「コミュニケーションに空白を作らず、長く使える機器」にこだわるのは、過去の経験があったからです。
松尾さんのお父さんがALSと診断され、闘病生活を送っていました。そんな中、意思伝達装置の購入に向けて補助金の申請をしたところ、行政の判断に時間を要したそうです。
「病院で父を看取ったその日に、自宅の宅配ボックスに意思伝達装置が届いていました。補助金ももらっていましたし、販売元に返品することもできず、この機械どうしようと思いました。
もっとも、機器を販売する側となった今の立場からすると、一度販売した機器を返されても困るなぁとは思いますが…。」(松尾さん)
松尾さんが経験されたようにせっかく意思伝達装置が手元に届いても使うことができない、または、様々な理由により長く使うことができないということがあるため、iPad及びファイン・チャットNEOを補装具費支給制度における重度障害者用意思伝達装置として認めてもらえるよう、関連機関に働きかけているそうです。
松尾さんは話します。
「今までは、開発者側も制度に則ってしかるべき形で機器を販売してきましたので、どうしても値段が高くなります。
ファイン・チャットNEOは、サブスクリプション制のアプリで、低価格。iOS16以上が動けば、スペックの低いiPadでも動作するように設計しています。古いiPadなら2・3万円で売っています。買える人は、それらを買っていただき、購入も厳しい人は行政の補助でiPadを支給していただけるようになればと思っています。
公費の支給を受ける上での問題は、世の中がパソコンやガラケーからスマホやタブレットに移行しているのに、iPadを意思伝達装置として認めてよいのかという議論がいまだに行われていないこと、多くの自治体でサブスクリプション制の支援アプリが補助の対象外になっていることです。
意思伝達装置においては、パソコンとiPadに大きな違いはありません。
公費による支給においては、「同等・安価」の原則があります。一番安いiPadとファイン・チャットNEOの5年間の利用ライセンス料を合わせても、これまでの意思伝達装置より安くなります。金額が低ければ、申請における行政の判断も早くなります。一人当たりの支給額が減れば、より多くの人に支給することができます。
ファイン・チャットNEOは安くて、多くの人が使えるものという認識が広がれば、iPadとファイン・チャットNEOを補助対象の意思伝達装置として認めてくれる自治体も増えてくると思います。」(松尾さん)
安定している意思伝達装置は販売店にもメリットがあると松尾さんは話します。
「なじみのあるiPadであれば、何かトラブルがあってもご家族や支援者がサポートできます。アプリを閉じれば解決できることも多いです。電話をいただければ、私たちもサポートできます。
1件当たりの販売額や利益は低くなるかもしれませんが、今までの意思伝達装置のように機器の設置やメンテナンスなどに手間がかからないため、費用対効果ははるかによくなります。」(松尾さん)
「すべての関係者にとっていい方向に進む」と松尾さんが推奨する意思伝達装置ファイン・チャットNEOを作り上げるにあたり、松尾さんは、4年以上もの歳月をかけて実績を積み重ねてきました。
意思伝達装置にするには、エアコンやテレビなどを操作できるようにするリモコン機能が必要になります。そこで、2023年12月に「リモコンエール」を発売しました。
また、2025年2月には、外部スイッチでiOS機器を操作できるようにするためのアダプター「コネクトエール」を発売しました。
「iPadさえあれば使える意思伝達装置を作りたかったんです。そのために、周辺機器から環境を整えていきました。ここまで来るのに4年以上もかかりました。今、最終コーナーを回ったところです。」(松尾さん)
このように「良いことずくめ」のファイン・チャットNEOですが、松尾さんによると、1点だけパソコン版の意思伝達装置に劣っているところがあるといいます。
「(まだ)視線入力ができないんです。」(松尾さん)
そこで現在、iPadで視線入力による操作ができるよう、新たな方式の開発・検証を進めているそうです。
「視線入力ができたら、『他の意思伝達装置に決して負けないもの』になります。」と胸を張る松尾さん。
常に当事者と向き合い、支援者の声に耳を傾けている松尾さんだからこそ作り上げることのできた、痒い所に手が届くコミュニケーション機器、ファイン・チャットNEO。
利用者が自分好みのデザインで使えるように背景色や文字色のカスタマイズ機能、50音キーボードの並び順の変更、頻繁に使用する単語の登録(18語まで)、よく使うメニューのカスタマイズ、支援者が設定しやすいように作られた設定メニューのナンバリングとカラーリングなど、実際に当事者や支援者とかかわらないと組み込むことができない機能が多く含まれています。
インタビューを通じ、当事者目線に立った当事者のためのコミュニケーション機器を作り上げたいという松尾さんの熱い思いが伝わってきました。
ファイン・チャットNEOを開発する中で、「以前発売されていたトーキングエイドやぺちゃらの代わりにもなるようにしてほしい」「視覚障がい者が使えるようにVoiceOverで使えるようにしてほしい」など、様々な要望も寄せられているそうで、期待の大きさを伺うことができます。
「今、最終コーナーを走っている」という松尾さん。
ファイン・チャットNEOはリリースされましたが、視線入力ができるように改良を加えたり、コミュニケーション機器として自治体に認めてもらえるように交渉を進めたりと、まだまだやるべきことはたくさんあると話します。
不自由なくコミュニケーションが取れる機器を求める人がいる限り、松尾さんはこれからも全力で走り続けることでしょう。
微力ながら応援していきたいと思います!
【参考サイト】
アクセスエール株式会社
ファイン・チャットNEO
https://accessyell.co.jp/products/fc-neo/
マイスイッチ
本文は以上です